生命は彗星によって地球に運ばれてきた!



おうし座暗黒星雲が育む生命の源


私が量子化学を使って取り組んでいた研究テーマは、「おうし座暗黒星雲」でどのような化学反応が起こっているかということでした。

私たちのグループがこの研究に取り組んだ理由は、「生命の元になるアミノ酸が宇宙で誕生した」ということを証明したかったからです。

 

当時、主流となっていた学説は、原始の地球上には水、メタン、アンモニア、水素が豊富に含まれており、そこに雷が落ちてアミノ酸が合成されたというものでした。

こうした反応が実際に起こることは、「ユーリー・ミラーの実験」として、フラスコの中でも再現されています。

 

しかし、雷で生成される程度のアミノ酸の量では、生命は生まれないのではないかという疑問の声も上がっていました。

そんな中で浮上したのが、地球が誕生するより前から、実は太陽系にはアミノ酸は豊富にあったのではないかという説です。

 

そこで目をつけたのが、おうし座暗黒星雲でした。

これは、太陽系ができる前の状態とよく似ており、ここでアミノ酸ができれば、太陽系でも地球の誕生前にアミノ酸ができていた可能性が広がるからです。

 

実は、量子化学を応用するには、宇宙空間は実におあつらえ向きです。

第1章で説明した通り、量子化学はひたすらシュレディンガー方程式を解くことによって化学反応を解き明かしていくものです。

しかし、計算はとてつもなく複雑で、当時のコンピューターでは地球上での反応を計算するのが困難でした。

何といっても地球上では重力が働きますが、そうするとシュレディンガー方程式の計算が一気に複雑になるのです。

 

一方、宇宙空間では重力はほとんどゼロです。

ですから、当時のコンピューターでも、なんとか軌道の計算ができたのです。

おかげで、不完全ではありましたが、おうし座暗黒星雲でアミノ酸が合成されるプロセスの一端を解き明かすことができました。

 

その後、原始の大気にはメタンやアンモニアがわずかしか存在しなかったことがわかり、今では、生命の元になったアミノ酸は宇宙に由来するという考え方が、有力な学説として評価されています。

 

現在、最も有力な仮説は、宇宙から彗星がアミノ酸を運んできたというものです。

彗星の尾は美しいものですが、この中には水とともにアミノ酸も含まれていると考えられるのです。

目には見えませんが、地球は太陽の周りを回りながら、かつて彗星が通った軌道の跡を次々と横切っています。

そのたびに、彗星が残していった水とアミノ酸を地球が引き寄せていると考えられるのです。

 

たとえば、ペルセウス座流星群は、かつてスイフト・タットル彗星が残していった星屑が次々と地球の大気圏に突入して燃え上がることにより起こります。

しかし、気がつかないだけで、もっと小さな水やアミノ酸の塊は、静かに地表に降り注がれているはずなのです。

それが積み重なれば、充分に生命を生み出すだけの量に・・・・・・

 

 

「元素周期表で世界はすべて読み解ける」(光文社新書)第2章より


元素

元素周期表で世界はすべて読み解ける 

 宇宙、地球、人体の成り立ち

 吉田たかよし著
2012年10月17日発売

光文社新書/定価777円

 

【目次】

第1章 周期表には何が書かれているか?

第2章 周期表から宇宙を読み解く

第3章 化学反応を繰り返す人体

第4章 私たちはなぜ、動くことができるのか

第5章 レアアアースははみ出し組ではない!

第6章 美しき気ガスと気体の世界

第7章 周期表からリスクと健康を見きわめる