あとがき 『元素周期表で世界はすべて読み解ける』



 

最後に、本書の締めくくりとして、周期表にまつわるクイズを出題しましょう。

 

「アメリカ、フランス、ロシア、ドイツ、ポーランドにはあって、日本にないものがあります。それは何でしょうか?」

 

もちろん、元素に関することですよ。

 

答えは、・・・・国名がついた元素です。

アメリシウムやフランシウムは、国名がそのまま元素の名前になりました。

ルテニウム、ゲルマニウム、ポロニウムは、それぞれ、ロシア、ドイツ、ポーランドを表すラテン語のルテニア、ゲルマニア、ポロニアから命名されました。

しかし、日本の国名がついた元素は、今のところ一つもありません。

 

とても悔しいことですが、これは当然の結果なのです。

なぜなら、今まで、そもそも日本人によって発見された元素自体が一つもなかったからです。

 

ところが、2012年9月、こうした不名誉な記録が、近々、一掃されるかもしれないというニュースが世界を駆け巡りました。

日本の理化学研究所による原子量113の新元素の発見が、国際的に認められる可能性が広がったというものです。

命名は発見者に委ねられるので、その場合、新元素の名前は「ジャポニウム」が有力ではないかといわれています。

 

こうしたニュースが大きく報じられる理由は、新元素を発見しようと、国の威信をかけ激しい国際競争が繰り広げられているからです。

原子の組み合わせに過ぎない化合物とは違い、元素は地球上で普遍の存在です。

今後、人類がいつまで繁栄できるのかわかりませんが、少なくとも太陽が赤色巨星となって膨張する50億年後には、地球上の生命はすべて死に絶えることでしょう。

しかし、その後も、この宇宙が存在する限り、元素は元素であり続けます。

私は、そんな元素のスケールの大きさを知っていただきたいと思い、本書を執筆しました。

 

 

「周期表の本質は、科学が到達した曼荼羅である」

これが、私が最後に贈りたい言葉です。

 

以前、ネパールを旅したときに、チベット仏教の寺院で巨大な曼荼羅の壁画に出会いました。

じっと見つめていると、心の中にうごめいていた雑念がスーッと消えていき、何とも心地良い穏やかな気分になったのを、今でもよく覚えています。

 

僧侶の方からは、曼荼羅とは調和のとれた宇宙の有り様が描かれているという説明を受けました。

曼荼羅では、仏の配置が横方向と縦方向の両面できれいに均整がとれています。

その世界観が、周期表と見事なまでに共通していることに驚きました。

ひょっとしたら、宇宙の真理を突き詰めていくと、最終的にはこうした姿になるのが必然なのかもしれません。

 

本書をお読みいただいた今、周期表は単なる元素の一覧表ではないことはご理解いただけたと思います。

しっかりとした視点を持って周期表を眺めれば、宇宙や生命の神秘が生き生きとした形で読み取れます。

それだけで、私たちの人生は、ほんの少しではありますが、豊かになるはずです。さらに周期表に思いを馳せれば、曼荼羅を見つめたときと同じように、世俗の悩みやストレスから私たちの心を開放してくれるかもしれません。

 

そこで私は、学会の研究者仲間を誘い、周期表の魅力を広く一般の方に伝える取り組みを始めました。

私が出演している文化放送のラジオ番組でもシリーズ化し、リスナーの方から大きな反響をいただいています。

実は、その中のお一人が光文社編集部の三野知里さんで、彼女のご尽力により本書は誕生しました。この場で御礼を申し上げます。

 

 

最近は、社会人の間でも、積極的に勉強に取り組む人が増えてきました。

大人も、生きた知識を効果的に学び取るには、ワクワクする感動で脳を刺激しなければなりません。

そのためには、サイエンスが持つ楽しさを心の底から満喫することが必要です。

あなたにとって、本書がそんな1冊になれば、著者として最高の喜びです。

 

 

東京理科大学客員教授 吉田たかよし

 

「元素周期表で世界はすべて読み解ける」(光文社新書)あとがき


ジャポニウム

元素周期表で世界はすべて読み解ける 

 宇宙、地球、人体の成り立ち

 吉田たかよし著
2012年10月17日発売/光文社新書/定価777円


【内容紹介】

私たちの体、住んでいる地球、そして宇宙。この世に存在するすべてのものは、元素同士の化学反応によってできています。

これらの自然科学の摂理を凝縮した万能の道具が、周期表です。元素たちが並んだ周期表のルールは、複雑そうに見えて非常にシンプル。

「縦と横のどっちから攻める?」

「なぜ人体は取り込む栄養素を間違う?」

「元素の化学進化って何」――?

難しそうだけどなぜか気になる、周期表の仕組みが一からわかる入門書。

量子化学の基礎、内部被爆のメカニズム、レアアース、超新星爆発などの様々なキーワードも、周期表というアプローチから解き明かしていきましょう。

 


【目次】

第1章 周期表には何が書かれているか?

第2章 周期表から宇宙を読み解く

第3章 化学反応を繰り返す人体

第4章 私たちはなぜ、動くことができるのか

第5章 レアアアースははみ出し組ではない!

第6章 美しき気ガスと気体の世界

第7章 周期表からリスクと健康を見きわめる